いつの夏だったか、一晩中灯りのない暗い山道をひたすら歩いてた時のことを思い出した。
休憩をしようにも、腰を下ろす場所もなく悲鳴をあげる足を引きずりながら、ひたすら歩いた。
ああいうときの精神状態というのは、なんというのだろう、五感が研ぎ澄まされている、というのだろうか。
肉体と精神と魂が一ミリのずれもなく合致しているような感覚だ。
普段は見えないものも見えるような感覚で、人間の形をシルエットをした物体が何度か横切る感覚を感じた。
風の音や、虫の音、あらゆる音に敏感に感じた。
スマートフォンの充電も底をついてしまい、場所を確認する手段がなく、勘を頼りにひたすらに歩いた。
大袈裟なのだが、生と死を肌で感じた時、脳内がちょっとおかしくなるのかな。
そんなとき腰をおろせそうな場所を見つけたので、しばし休憩することにした。
ペットボトル一本の水。
これほど長旅になるとは想像もしていなかったから、十分な水分は持ち合わせていなかった。
しかも、道中ここまで帰る場所までなかったという。
あとは運に任せる、ということで残りの水を一気に流し込み、喉を潤す。
少し傾斜になった草むらにごろんと寝転がって空を見上げた。
木々の間から覗く夜空は、とても美しく、きらきらと星が輝いていた。
その美しさにうっとりして、しばらくぼーっとしていた。
あがっていた息も落ち着き、足の痛みも若干和らいだ。
少し暗闇に目が慣れたようだ。
後ろに置いていたリュックを持ち上げようとしたところ、後ろを振り向いたとき、愕然とした。
見上げた高台のところには、びっしりと墓跡が並んでいた。
突然の出来事と、生死を彷徨い、死を連想させ、死への誘い、と一瞬の思考でぞっとして、体中に鳥肌がたった。
やべえ、と急いでこの場を離れた。
しかし今ならこうも考えれまいか、これまで腰を下ろすところさえなかったところ、ここへ案内してくれた、見守ってくれたのではないか、と。
とまあ、度々計画していたわけではなく、長距離を歩かないといけない出来事がある。
歩くことは嫌いではないので、苦を感じることはない。
先日作業を終えて帰ることに。
時間は午前4時30頃。
始発までにはまだ少し時間がある。
住吉あたりから取り敢えずJRの六甲道駅まで歩いていくことにした。
六甲道駅に着いた時間は5時前。
始発の時間を見ると5時30分くらい。
30分待つのはだるい、ということで、もう一駅歩くことにした。
摩耶駅に着いた時間は5時10分。
あと20分ちょっとある。
それはだるい、ということで、またもう一駅歩くことにした。
灘駅に着いた時間は5時20分。
さあ、電車さん勝負だ。
三ノ宮駅まで僕と電車との勝負の始まりだ。
電車は現在お眠りになっている。
現在のところ僕の方が優勢である。
これまで10分間隔で駅を通過している。
10分、少しオーバーして15分でも勝てる確率が高い。
ということで三ノ宮駅に向かった。
歩く前から結構歩き回って作業をしていたので、
少々足が悲鳴をあげている。
平行な地面が急に上がるのが腹が立つ。
がくんとなって地味に痛い。
いつもの風景が見え出した。
ダイエーが見える。
バスターミナルが見え出した。
あの交差点が見え出した。
電車に勝利。
あと少し。
「勝鬨をあげよー!」
「えいえい、、、」
おー、のところで、後方から一瞬のうちに電車が僕を抜き去った。
力強く握りしめた拳は天に向けることができず。
まざまざと現実を見せつけられた瞬間で、思わず僕は吹き出してしまった。
苦々しくも、とても清々しい朝だった。