ん??ここは一体どこじゃ…??
見たこともない景色じゃの…
確かわしはベッドで横になっていて眠くなっていたところじゃったはず…
そうか夢かのう、夢を見るのはどれくらいぶりじゃろうか。
ようこそ、旅のお方。
私はこの世界の案内人。
あなたの行くべき道を案内いたしましょう。
ほう、それはありがたい!
ちょうどどこへ行こうか迷っておったところじゃった。
一人で見知らぬ地を歩くのもちと心細いでな。
そのようですね。
ところでお前さん。
はい??
けったいな恰好をしておるのう。
まるで死神様のようじゃ!
ははは。
私を見た人々はよくそう言います。
中には私を見て逃げ出してしまう人がいるほどですよ。
わははは、そうじゃろうそうじゃろう!
しかし、私には人の生き死にをどうこうできる力を残念ながら持ち合わせおりません故、その点についてはご安心いただければ…
お前さんは真面目な方じゃなあ、冗談のつもりで言うたのじゃがな、死ぬも生きるも、見ての通り高齢のじじいじゃて、放っておいてもすぐに死神さんのところへ行くじゃろうて、わははは!
確かに…
お前さんは真面目で正直者ときた、こりゃあ道中が楽しくなるわい。
ありがとうございます、あなた様の道が楽しくなるように努めて参ります。
さあ、こちらへ…
あははは、ありがとう、しかし、そうかしこまらんでくれんかのう??
お気遣いいただきありがとうございます。
しかし、私はこのような表現しかとれず…
これでお許し願えませんか??
カタカタ…クル…コキコキ…
わははは!お前さんは芸達者でもあるのか、こいつはくやしいなあ、とっても愉快じゃ!
喜んでいただき光栄です。
ところで…まったく不思議な世界じゃなあ…
確かに。
重力があるのかないのか…
こんな地上に近い所で物が浮いておる。
それなのに、建物や木とか、、、ん??同じものが重力によって地についておる。
…
どういうことなんじゃろう??
さあ??私にも分からないのですよ。
まるであれじゃ!ほら…あの…
??なんでしょう??
息子夫婦と孫といった遊園地があるんじゃ!
そことは毛色が違うが、そこと違う遊園地じゃ!
ほう、そのようなものがあるのですね。
私は訪れたことがないので分かりませんが…
そう、お前さんのようなキャラクターが迎えてくれるのじゃ、踊ったり、歌ったり。
カタカタ…コキコキ…クルっ!
こんなようにですか??
わはははは!
そうじゃそうじゃ、そんな風にしてわしらを楽しませてくれたのを憶えている。
孫がわしの指を握って引っ張ってなあ、あっちやこっちや連れていかれたわい。
老体には少々こたえたが…楽しかったなあ、懐かしい。
また行きたいのう。
しかし、お前さんはちーと見てくれが怖いがな…
申し訳ありません…
まったく真面目な返しじゃのう、そこで頭をクルリとすると面白くなるんじゃぞ。
勉強になります。
ところで、お前さん、この世界は長いのかな??
それが、どのくらいここにいるか私にも分からいのですよ。
きっと長い時間ここにいると思うのですが…
ここには時計とかカレンダーとかないのかい??
あそこに浮かんでいる時計はありますが、正確な時を刻んでいないどころか、くるくると回り続けていますね。
ここにある石板にはかつて人々が使っていた暦のようなものが刻まれていますが、それを知る術が見当たりません。
ここは季節も無ければ、朝昼晩もないのです。
ほう…
お前さんは一人でいるのかい??
はい。
寂しくないのかい??
寂しさはありません。
ここにはあなたのような旅人が多くもなく、少なくもなくやってくるのです。
その方々の道案内をするのが私の役目。
そして私はそのためだけに存在しているのです。
お前さん食べ物は好きか??
食べ物ですか??
ほら、この通り、私には肉体が存在しません。
お腹が空くことがありませんから、食べ物を必要としません。
ですから排泄の必要もありませんし、睡眠も必要ありませんよ。
ただここにいる、そして役目を果たす、それだけなのです。
ほう…
不老不死のようじゃ。
そうなのかもしれません。
しかし、お前さんにはどこから温かいものを感じるなあ。
…
それについて、自分ではよく分からないのですよ。
まあまあ、わしはお前さんのことを気に入った!
愉快な方じゃ!
ははは。
ありがとうございます。
嬉しく思います。
ここはなんだか、懐かしい気持ちになる場所じゃ。
見たこともない景色なのに、なぜじゃろう??
あそこにある手の石像があるじゃろう??
はい。
わしの妻の手にそっくりなんじゃ。
そうでしたか、息災でいらっしゃいますか??
いや…先に逝ってしまった。
もう30年も以上前に。
不治の病に罹ってしもうてな。
そうでしたか…
配慮の無い不躾なご質問をお許しください。
いや、気になさらんでくださいな、しかし、あの手の石像を見ているといろいろと思い出すの。
わしは馬鹿じゃった。
口ばっかりの男でなあ、でかいことばっかりいってなんにも成しえることなんてできなかった。
何かを成しえる、というのは簡単なことではありませんものね。
その通りじゃ!
それを理解するのに長い時間がかかった。
でかい口ばかり叩いて偉そうなことばかりいって、なんにも出来なかった。
若気の至り…というやつですかね。
そうとも言うのかな、ただその言葉で片付かないほどわしは愚かだったと思う。
…
それでも妻はいつもにこにこと笑ってくれていた。
上手くいかず苛々していても、怒っていても、不貞腐れいても…
それでも妻はいつもにこにこと笑っくれていた。
一生懸命に頑張っているから、きっと上手くいくと…
…
きっと、彼女も苦しかっただろうし、辛かっただろう。
わしはそれに甘えてばかりで…
頑張っていたのですね。
ああ、毎日毎日、一所懸命に、必死だった。
家族のために、妻のために。
今より良い暮らしを…
眠ることも惜しんでとにかく頑張っていた。
でも駄目じゃった。
…
日々の無理が祟ってわしは倒れてしまい、長い時間病に伏せてしまった。
本当に苦労をかけた。
素直に心から頭を下げた。
それでも彼女は笑ってくれた。
それからわしは普通の道を歩むことにした。
高望みするわけではなく、今できることをコツコツと。
妻や家族が幸せに生きていける道を。
特に大きなことがない平凡な生活だったけれど、幸せな時間じゃった。
時は過ぎて…
今度は彼女が病に伏せた。
不治の病じゃった。
わしは直る手立てを一所懸命に探した。
あらゆる医者にあたった。
必死に探し回った。
それ以外は妻の側にずっといた。
神にさえも助けを請うた。
それでも駄目じゃった…
どんどんやせ細っていき、苦しそうに横たわる妻を見ているのは辛かった。
助けてやりたかった。
わしの命と交換してやりたかった。
手を強く握った。
妻はにっこりと笑いありがとうと言って眠ってしまった。
そうだったのですね。
辛い時を過ごされたのですね。
して…後悔を…??
うむ…
振り返ってみると後悔することばかりじゃ!わははは!
でも…悪くない…悪くなかった…!わしは幸せじゃった。
後悔も多いがそれは時間が納得させてくれた。
じゃが、妻はどうしても救いたかった。
あの時神なんていないものだと思ったよ、死神さん。
わしなんかと一緒にならなければ、妻はもっと幸せに生きられたのかもしれんな。
…私には分かりませんが、
あなたの奥様もあなたと一緒だったことを、悪くない、悪くなかった、と、そう思っていらしたと思いますよ。
…
ははは、ありがとう、救われるわい。
さて、私が案内できるのはここまで。
ここからはあなた一人で進んでください。
おお、そうなんか、寂しくなるなあ。
私も寂しくなります。
わはは、嘘をつけ、お前さんには感情も無かろうに!わははは!
確かに。
仰る通りです。
わははは、嘘じゃ!
お前さんは愉快なお方じゃ、そしてお優しい、心が温まった。
道中楽しかった!
また出会えることを楽しみにしておるぞ!
それでは、またな!
良い旅になることをお祈り申し上げます。
15時5分、死亡を確認させていただきました。
ご愁傷さまでした。
私は道の案内人。
おやおや、また旅人がやってきたようですね。
お迎えにあがりらなくては。
「翁」編 完
今日の作業用BGM
plenty / 人との距離のはかりかた