視界に入ってしまったならば、着地点をずらしてやればいいことだ。
そうすれば、足元にいる蟻の運命は変わったということだ。
無益な殺生は好まない性質でね。
子どもの頃に持つ好奇心というのは残酷でね、
遊びの中とはいえ、生き物を生き物として接することが分からない無邪気さがあった。
純粋無垢とは笑って残酷なことをやってのける一面も持つものだ。
長い時のトンネルの中を長く歩いているとね、
馬鹿でも分かってくることがある。
多くのことを忘れてしまうから、今を正常な精神を保ちながら生きているのだろうが、不思議なもので、突然にあんな昔の嫌な記憶が鮮明に蘇ることもある。
何度も見る悪夢のように、痛みは伴わなわいが、痛くて、頭がおかしくなったように体を折り、守るようにうずくまるのだ。
こんな悪夢のような記憶たちが、私を人として生き長らえさせるのだろう。
今日の歩みが少しでも何かの、知らない何かの益になるように…
しかし、最近というもの小蠅が視界をちらつき鬱陶しいときたものだ。
ちょっとのことなら気になる程度で済むが、やたらと視界にまとわりつき、久方ぶりに苛立ちを覚える。
思わず、両の手で潰してしまいたいところだが、ぐっと湧き上がる血の気は血管の坂を上る手前で鎮静化され、ひゅっと戻ってく。
カーテンの隙間から漏れる光に映る幾匹の小蠅のシルエットが躍るように舞う。
ああ、そうだったかい。
お迎えだったのかい。
ああ…
長く、険しく、あっという間で、そして…まあまあな人生だったよ。