巡り巡りいく。
末端にまで流れてくるエネルギー。
巡ってきた力は押し上げなければならない故、末端の幹には許容する以上の力を要する。
巡る巡る負荷は、鍛え上げられた筋力のように大きく硬く太くなっていくが、軸足からそれを支えるように細かな枝が伸びていき根のようになり、その枝たちも鍛えられていく。
軸を支えるように。
そんなことは露知らず、外敵はついばみ傷を付け、自然の驚異は時に打ち付け痛めつける。
花が咲くは、時と運に委ねられ、欲している時に天や大地の恵みを享受できるかは誰も知る由はない。
そんなことは露知らず、空の雲はその小さな存在に気付かず、夜空の星は美しく輝き夢を見せ、希望を抱かせる。
遂には疲れ果て、遂には果てていく存在もあり、こんなにも近くにいるのにも関わらず、傍観しているだけで何もすることができないことに心を痛める。
しかし、これが生命というものなのか。
今日のかんかん照りの日差しは、その者には熱く痛いもので、今日の雨は、その者には冷たく寒いもので、鮮やかさを持った色はしみのように変色し、己を立たせることの力さえ失いつつあり、おやおや、その時が近づいているのだ。
なるほど、知っていたさ、これが摂理というものだ。
繋ぎとめていた葉は枯れ落ち、地に落ちていくのが見え、その葉が風に靡くのが近くで見え、空はどんどん高くなる。
相も変わらず、夜空の星は美しく輝く。
こちらのことなんて露知らず。
美しき光は視界を覆い、せめて終いにはそのままに眠りにつかせてくれるのだろう。
残されたものの根には未だ力を宿し星のように存在する。
その残滓は何者かの力となり得るのだ。