脈略も無ければ、
黙々と作業に精を出していたところ、
突然に降りてきたように、
ふと思った。
トロッコ問題だ。
これとは究極の条件を立て、
二択のいずれかの選択の決断を、
迫るものだが、
一種雑談の中での人間性を見るような占いみたいなものとして
テーマに上がったりするような使い方をされるが、
いや、これはとても人生と密接な問題ではないのか、と
思ったわけだ。
僕たちは歩みを進めるにあたって、
究極的な選択と決断を迫られることはあっただろう。
いずれも大切だが、
いずれかを手放さねば歩みを進められない時。
幼少期、
仲の悪い友人たちの、どちらと遊ぶか選ばされたあの日。
些細なようでいて、
あれは人生の中で分かりやすく、
レバーを手にした瞬間だったように思う。
どっちと遊ぶのか…??みたいな。
年を重ねるにつれ、この問題はより重く、
より究極化していき、難しい決断を迫られる。
誰かを、あるいは自分の一部を切り捨てながら、
後ろ髪を引かれる思いに駆られながら、
歩みを進めていく。
ふとそう思ったのだったが、
さて、このレールとは誰が敷いているのだろうか??
さあ、分岐路が見えだしたわけだ。
君はまたレバーをいずれに引かなければならないわけだ。
果たしてそうだったのだろうか。
このレールの構造に疑問を持つ、
必要があったのではないだろうか。
この構造を変えることができたのではないだろうか。
ペンギンは一匹を海に叩き落して、
無事を確認してから海へ飛び込む。
これは生命を存続するための合理的な、
生存本能と防衛本能の動物的生存戦略。
人は知性を携えたが…本能的、合理的選択と、
近代建築物の中で生きようとも、
流氷で生きる選択をする、という
とても原始的選択をしているように思ったのだった。











