日が落ちるのが遅くなったり、速くなったり、辺りの気温が温かくなったり、寒くなったり、それに伴い、景色は装いを変え、幾度も巡る四季の新しい季節の訪れを、眠りから覚めた生き物たちが太陽や月の光を体いっぱいに浴びて個々が持つ音を鳴らす。
この旋律は季節の風物詩、幾度目かの新しい季節の中を、季節の恵みを、時に季節の厳しさを、しかし幾度もくぐった経験で手慣れたもので、ごく自然に歩む。
季節による気持ちの高揚や焦燥、不穏は季節の間に吹く風が遠く彼方へさらって、遠く彼方の誰かの肩にとまる。
これは四季の巡りと同じで、自然の理のようなもの。
体の知れないものは神出鬼没。
質量を持ち、自分の重力に強く引っ張られ、こびりついてしまい、
風であろうと、水であろうと、拭っても、擦っても、洗濯しても、
消えるどころか、大きくなったり、小さくなったり、厚みがあったり、なかったり、嘲笑うかのように、頭で小躍りしてみたり、体を包むように周りを踊りだす。
これらは心身を蝕み、道、退路さえも見失ってしまう。
それでも生ある限り、歩まざるをえない。
そんな迷いの森に誘われた、拒んでいるのに足首を掴まれて無理やり引きずり込まれたように少女は、不気味に鳴り響く木を打ち付けるような音の方へ恐る恐る歩いて行った。
音のすぐ側の木陰から、気付かれないようにそっと覗いてみると、
木こりのおじいさんがいた。
「こんにちは。」
「おや、こんなところに珍しいお客さんじゃ、こんにちは。」
「おじいさんは、ここで何をしているの?」
「わしは木こりでね、ここでみんなの生活に必要な木を切っているのじゃよ。
茂み過ぎると太陽の光が地面に届かないから、地面の草木が育ちにくかったり、大きくなりすぎるとお互いに成長の邪魔をしあって木が育たなくなるから、木々の手入れしたりね。」「わあ、すごいね。家を作るときの木はここからやってくるんだね。」
暗い茂みの方から、がさがさと何かが動く音がした。
「一人で寂しくないの??」
「ああ、ここは暗いし、ほら、茂みの方から音が鳴ったりするからなあ、お嬢さんにはちょいと怖いし、寂しいところなのかもしれんな。
わしは長年ここにいるからね、寂しさはあまり感じないよ。
最近はここにいる動物たちと仲良くなってな、一緒に食事したりもするよ。
今は木を運びに出かけているからおらんが、若いのと仕事をする。
だからあまり寂しさは感じないなあ。」
「そうなんだ…」
「時に…ふとした時に…
それはやってくるものだが…
木を見て喜ぶ人がいたり、若いのが頑張っているのを見たり、ここにはないが、いや、今見えないものだけれど、心を通して見えるものってお嬢さんにもあるじゃろ、そういうものが元気をくれるものじゃよ。」
少女は思い出が少し見えた。
「お、そうじゃお嬢さん。この薪をこの先にいる人たちに渡してあげてくれんかの?
わしは今ここを離れられなくてな、彼らそろそろ薪が欲しいころのはず、お願いできんかな?」
「この先の人たちに薪を持っていけばいいのね??いいよ!」
「おお、聞いてくれるか、ありがとう。
では、これを。残りの薪は後で持っていく、と伝えてくれるかな。」
された薪を持って道の前に立つと、薄暗い木々のアーチから不気味な獣の鳴き声が鳴り響いた。
なんとも言えない不穏な気持ちと恐怖におそわれ、体が固まってしまうようだ。
「お、そうじゃった、ここは薄暗いからな、この提燈を持っていくと良い。
明るいから安心じゃ、ここを潜り抜けたらすぐのところじゃ。頼んだよ。」
木こりのおじいさんに手を振り、アーチの中に足を踏み入れた。
まるで影の大きな化け物の口の中に放り込まれたようで、想像以上に漆黒で寂しく、闇の中から何かに見られているようでとてつもなく恐ろしい。提燈を持った手で汗を拭おうと顔の辺りに持ち上げたところ、小さいながらも温かく強く燃える炎にあの時の思い出の幻影が照り出され、勇気が湧いた。
それも束の間。
木の幹の暗いところから、不気味に光る目玉がこちらを見ている。
この球体に吸い込まれそうで、屈折によって歪んだ螺旋が、三半規管を狂わせるようで、体幹を崩してくる。
更には蜘蛛の巣にかかってしまい、あらゆるものに敏感に反応してしまって歩くどころではない。
このままでは駄目だ、とよろめく体を整えながら、球体に向かって提燈を照らす。
その正体たるや、くりくりとした目玉を持つ愛らしい梟で、ほーほー、とどうしたの?と言いたげな首をかしげた恰好でこちらの様子を見ている。「なんだよ、梟さんか、驚かさないでよ。」
と、緊張でびっじょりかいた額の汗を手の甲で拭った。
梟は翼をばたばたとはためかせ、幾度も同じ方角へ首を回し、ほーほー、と言う。
その方角の方へ目をやると、灯りが見えた。
「ああ、あなたは道を教えてくれていたのね、ありがとう!」
そう言って灯りの方へ歩いて行った。
アーチを潜り抜けたところは広場になっていて、そこではたくさんの人が作業をしていた。
「こんにちは、木こりのおじいさんに頼まれて薪を持ってきました。」
「おお!ありがとう、そろそろ薪が足りなくなるところだったんだ。助かったよ。」
「みんなここで何をしているの??」
「ここでは遠い国から届いた実を使ってみんなで食品を作っているんだ。」
「みんなが大好きなチョコレートも作っているのよ!
ほら、チョコレートが作れるから、チョコレートケーキだってお手の物。」
「わあ、すごい!」
「薪を持ってきてくれたお礼にチョコレートケーキをどうぞ!
そしてこれに魔法の粉をふりかけると、香り良くて、ヘルシーな美味しいチョコレートケーキに早変わり!食べてみて!」
「とても美味しい!」
「でしょう!私たちの自慢の商品なの!」
「この魔法の粉は何なの??」
「この魔法の粉はね、チョコレートを作るときの原料になるこの実を発酵させて、焙煎して、その時に出る皮を取り除いたものなんだ。
香りが特徴でね、とても栄養価が高くてとてもヘルシーなんだ。
洋菓子との相性は抜群だね、珈琲や紅茶との相性もとても良いよ!
そうだ、一個持っていくといいよ、お家でも試してみて!」
「わあ!ありがとう!」
「これはKOTOWA
という名前だよ! 袋に詰めたり、シールを貼ったり、紐を結んだり、ここにいるみんなで協力して作っているのよ!」
「たくさんの人がここでひとつのものを作っているんだね!
とてもぴったりな素敵な名前!」
「そうだ、この先にあるラベンダー畑にいる男の子にも渡しておいてくれないかしら。
なくなりそうだからってこの間注文があったのよ。」
「この先のラベンダー畑の男の子にKOTOWA
を渡せばいいのね。
いいよ!」
「ありがとう!助かるよ!それでは気を付けてね!またね!」
みんな笑顔で手を振って送ってくれた。
とても温かな気持ちになった。
ラベンダー畑に向かう道は、先ほどの道とは打って変わって木漏れ日がきらきらと泳ぎ美しい。
神秘的な世界にいるようだ。
時に鮮やかな青の空が顔を出す。
そんなはずはないはずだが、とても懐かしい不思議な感覚になった。
「さっき空を見ていたはずなのにな…」
その場に留まってゆっくり動く雲を見ていた。
すると風にのって優し気なラベンダーの香りをほのかに感じ、頼まれていたことを思い出し、香りのする方へ向かった。
「こんにちは!これを渡してほしいとお願いされて持ってきました。」
「やあ、こんにちは!わあ、ナイスタイミング!ちょうど休憩しようと思っていたところなんだ。よかったら一緒に珈琲休憩しませんか??」
「わあ、嬉しい!ラベンダー畑で珈琲なんて素敵ね!とても疲れていたのにラベンダーの良い香りが癒してくれるよう。」
「そうでしょう!僕はここでいろんな植物の精油を作っているんだ。植物の香りには人を癒す力があってね、ここまでなかなか来れない人たちにも楽しんでもらえるように精油を作っているんだ。
そうそう、この森の奥の木こりのじいさんから貰った木くずからも作るんだよ。
みんな忙しく生活しているからね、少しでも日々の疲れを癒せることが出来たら良いな、と思って僕も頑張っているよ!」
「ラベンダーの香りも、木の香りもとても良い香り。
とても癒される。素敵な仕事をしているんだね!」
「ありがとう!でも、良いことばかりでもなくてね、大変で嫌になることもあるよ。でも、君のように、人が癒されたり、喜んだりしている姿を見ると、嫌なことも吹っ飛んじゃうよ!
そうだ!せっかく癒されたところ申し訳ないのだけれど、僕の大好きな場所に案内しよう!さあ、こっちこっち!」
少年は茂みの方へ駆けていきこちらを見て手招きした。
そこに行ってみると大草原で風が通り、植物の良い香りが広がっている。
少年は丘になっているところに元気よく駆けていき、少し登ったところで手招きしている。
勾配が急になってなかなか上がれないところ、手をぐっと掴んで引っ張り上げてくれた。
次は下がりの急勾配を駆け降りる。
「上がったり、下がったり、面白い丘だね」
「そうでしょう!人生山あり谷あり、良い時もあれば、悪い時もある、悪い時があれば、良い時もある。ここに来るときにはそれを思い出させてくれる。
登ったり、下ったりしていることに何の意味があるのか、これを続けた果てに何があるのか、人々にとってそれは価値があるものなのか…
それは分からない、人それぞれだ。
でも君にとって良いものを見せることができると思うよ!
さあ、あと少し、頑張って!」
「あははは、あなたの言う通りね!この丘は人生を表わしているようだわ!」
「さあ、着いたよ!どうだい!?」
丘から見える景色は広大で、私たちが生活している隅々までが視界に映った。
その景色を目の前にしばらく言葉を失いその場でただただ立ち尽くしていた。
「辛くなった時、苦しくなった時、ここに来て景色を見ながら、何もせずぼーっと過ごしているよ。
抱えている問題が解決するわけじゃないのだけれど、自分の中で悪さをしている「もや」のようなものが晴れていくような…
ほら、かかった雲が通り過ぎて、太陽が見えてきた。
人は常に何かを考え、何かを思い、何かを背負って、それはとても良いことなのだけれど、だからなのか、雲がかかってしまって、自分って一体何なのかを見失ってしまうことがある。
全てを忘れて、ぼけーっと過ごせる場所って必要なことなんだな、と思うよ。」
少女は言葉にして返すことはなかったが、頷くような大きな呼吸をした。
「さあ、もうじき日が落ちる頃だね、それまでに帰らなきゃ。
一緒に帰りたいところなのだけれど、僕は仕事が残っていて作業場に戻らなくちゃいけない。
君にはあの道が見えているかい??」
「えーと…
ああ!
見える!見えるよ!」
「それは良かった。
ここはなだらかな下り坂になっているよ。
石もほとんどないから、このシートを使って一気に下っていくといいよ!
それではまたね!」
「いろいろとありがとう! 楽しかったわ!またね!」
柔らかな草の上、もらったシートに乗り下っていく。
手を振る少年の声と姿がどんどん小さくなっていく。
小さかった景色がどんどん大きくなっていく。
まるで遊園地にあるアトラクションを楽しんでいるよう。
楽しくなって思わず声を出して笑ってしまった。
忘れていた感情を思い出せたような。
なだらかな傾斜になって、下っていく速度が落ちるのは、この物語
の結末に近づいているのを悟っているからであろう。
今生の別れではない。
この経験は自分の中に刻まれる。
不安や恐怖が全くないわけではないが、今は不思議と迷いがなく、向き合えることができる。
私は、新しい一歩を踏み出した。
この森の出口で花摘みをしている人たちに出会った。
その人たちが素敵な黄色いお花を一輪、プレゼントしてくれた。
背中一杯にエールを受けて。
「いってきます!」